精神的エネルギーとか物理的エネルギーとかについて 12

 植物から恩恵を受けているのは人間だけではないが、我々は精神的に恩恵を受けている。



 昆虫などは物理的に受けているが、人間は生で直接口には出来ないし、出来ても数は知れているし、生ものとしてでも、包丁等が必要である。



 この辺りが、精神的神秘学的エネルギー源と、物理的俗欲的エネルギー源という、二元的考えは神秘学的入り口ではないか。オカルト、原始的カルト、宗教、神話、童話などなど。



 なぜか、むなしさを感じる。若い子供のときのこの手の心の矛盾は、この精神世界への考察に精神的に触れたときのむなしさではないか。ただこれだけのことなのだという虚しさだ。



 そして、電気的なこと、直接には触れられない。というか、微量に精神的に触れる分には何の害はない。あるいは害は少ない。もしかすると健康器具的になる。



 神とか、宗教とか、原子力。宗教的ではないが、道徳的、倫理的、神とか、宗教は理神論的にさておいていて、経済的に社会に貢献する。多くの労働者を抱えて、養うような会社とか人物とか。



 触れられない世界、わずかに触れる、あるいは、グローブをつけて、またルールに則り競う、戦うスポーツマン精神。


 わずかに触れるだけなのだろう。



 精神的にはむなしくもあり、さみしくもある。が、物理的には、幸福で、裕福だろう。











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