忘却について 1



 プログラミングは未来に、


 行為は過去に、


 希望は未来に、


 忘却は過去に、


 プロジェクトは未来へ、だめなことは過去でいい。


 過去は忘れてもいいことも含む。


 未来は、思い出すことである。


 忘れ物は過去のことである。忘却は過去である。


 過去のことは忘れてください。未来を思い出してください。希望を願いを。成就を。


 悪は過去、善は未来へ。


 未来はすべてを記憶して、全知の領域に達する。


 今この瞬間の気付きである。


 やらなければいけないことは未来に置けばいいのだ。


 その行為は忘れても、願いという行為は過去に忘れても、プログラムを知るのだ。プログラムが立ち上がるように、法則が成就し始める、作動するのである。


 忘却は思い出すためにある。人は思い出しながら行動するだろう。そして、一つのことだけ、忘れてはいけないことだけ考えて日常生活などできないはずだ。さらに、そのことだけを考えていればいいわけではない。だから、考えることと、思いだすことは、今は論外である。


 人は常にすべて忘れているともいえるだろう。そして、忘れてはいけないことは未来に必ずいく場所へ、それを置いておくのである。それは行き当たりばったりの、犬も歩けば棒にあたるの次元ではない。


 願いは未来におくべきである。思い出すことは。成就のイメージは。


 人間は必ず未来がくる。これは聖なる摂理ではないだろうか。神に、仏に祈るということは、あながち、有効であるのはこのことかもしれない。そして、だから、脳科学、脳の仕組みが思い出される。だから、必ず思い出すところへ、置くのだ。忘却があるから思い出すのだ。言い換えれば、忘却という言葉があるから、思い出すという言葉がある。相対的に忘却は思い出すためにある。


 人は思い出す訓練をしなければらないのは、学習の術である。how to 本の常套句。 人間は学習する生き物だ。


 人は、白紙で生まれないとしても、それを思い出さなければならない。でなければ発見しなければならないのだ。


 だから、未来必ず行くか来る場へ、忘れてはいけないことは、置いておこう。未来、必ず思い出す、必ず行く、来る場へ、置こう。これは、要領である。











勉強について 2



 なぜ夜やるのか。


 朝できないかもしれないからだろう。




 夜の居残りはだめだ。といっているのだろう。



 このユーモア的な意味が分からなかった。

 新聞配達していた自分には、朝は苦手ではなかったからだろう。しかし、最近、そうではなく、気づいた次第である。 自分は、朝、試験勉強をやる性質であったのである。しかし、そうではなくなると、一時間でも夜やっておけば、朝やらなくても、別に問題はないのである。

 夜、一時間でもやれば、朝、起きれなくても大丈夫なのである。



 さて、最初、「明日は必ず来ない」というような、大げさな気分でいたが、そんな大げさなことではなく、時間がもったいないだけである。











勉強について 1



 模範解答だけが、勉強だろうか。自分が知りたいことが、それとは違うとすれば、答えは違うだろうが。


 インスピレーションとは。直観とは。啓示とは。模範解答だろうか。


 猫も杓子も、模範解答が帰ってくる。一文字一文字違わず、語られる気持ち悪さ感じるのは、私だけだろうか。それは、100%同じ文章の答え、いわゆる丸暗記。


 ニュアンスも。リズムも。雰囲気も。同じ。



 イノベーションか。改善か。


 チューリングマシン。


 サイボーグ。


 哲学的ゾンビ


 勉強ができない僻みかもしれないが。


 いや、勉強ができないではなく、現代の教育体制の中での成績が悪い僻みかもしれないが。


 天才。創造?










教育について 2



   個人の独善な教えの間違いは許されないが、国家の独善な教えは、許されるのだろうか。たとえば、プロパガンダ。ニュートン力学、天動説等。時と場合であろうか。国家の教育方針は許されているが、また、許しているが、一教師の独善は、また、他国の教育は許せないの時があるのである。











教育について 1



 先験的でなければ、教育は洗脳である。



 迷信からの解放。命の尊さ。今の人は当たり前なのだろうけれど、人間性は動物なのであって、戦争もした訳だし、いまだに摂理から動物を食べなければ要をなさない生理においても分かるはずです。人間の魂は他人には入りえないこととか、魔術とか、宇宙とかは、勉強しなければ分かりえないだろう。なぜ人間は存在するのかも勉強しなければ分からないだろう。言葉は人間の人間たる証のようなもので、それも学習しなければ、要をなさない。いかに勉強しなければ人間たり得ないか、またそれに近づけないか。人間が作った道徳は、人間性であり、他の動物には無いものであって、人間たる証でもと思うのである。


 とにかく自分だけで考えていては、時間の無駄である。勉強は、学習は、時空を越えるのである。未来も見えるようになるだろう。











現代教育について 1 落ちこぼれについて



 専門的で、正当な答えと思える丸暗記に対する反論。


 あなたのその丸暗記の答えでは、私たちは、納得がいかないのだ。なぜかと聞くな。そういうお前は分かっているのか。馬鹿かお前は。そのお前の言おうとしている丸暗記等聞きたくない。読み飽きているのだ。そんな丸暗記などできて当然だろう。丸暗記で納得できていたら、私たちは、落ちこぼれていないかもしれない。


 暗記など馬鹿でもできる。言葉を覚えているように。



What makes you think so?

Why do you think so?

What do you say?

Why do you say?



ああっ!西洋教育だった?!



「次は、『現代教育について 2 ゆとり教育について』だが・・・・・・。」












有について、あるいは無について 3


 神的な思想は、絶対有。すべてある。さあ、どうする。


 仏的な思想は、絶対無。なにもない。さあ、どうする。と問いかけてくる。



 さあ、どうする。












秘密について 2



 問われて答えるのは、秘密ではない。



 例えば、

 「その方法は。」云々。


 「言ってしまったら、元の木阿弥。もしくは、頭隠して、尻隠さずか。」











秘密について 1



 兄弟であることの嘘、姉妹も嘘。秘密にするためには嘘。


 人は、本当のことを言われると腹が立つ。嘘を言われても腹が立つ。黙っていよう。


 しかし、秘密にされても腹が立つ。


 利害、組織の。


 絶対安全でなければならない。


 宗教という組織も。仏陀の教えであろうと。 


 Wish 事実と反する。残念がる。未練。 I wish I could.断りの言葉。断りの肯定文である。




 「我々」という組織。










秘について


    解釈において、実在においても、動物と人間の解釈の違いほど、違うのだ。

 これが、理性、理解、解釈の本質、本性である。

 だから、清浄にする必要があるのである。











兄弟について 2



 友達とよりも、あるものを共有するという気持ちが必要である。当然生まれついてのことである。寛大さも必要であろう。


 たとえば、巷によく耳にしたり、ニュースに見たりしたりするが、血のつながりなどの、トラブルをみるに、その汚点は、愛なくして、治まりそうも無い。はっきり言えば、その血の汚点、遺伝子の汚点から、逃れることは出来ないし、それこそ、運命であり、共同体という言葉が思い浮かぶが、その財産は、その汚点から逃れられそうも無い。



 よって、相続、血は、水より濃く、良くも悪くもであるが、よくしたいものであるならば、最大限、寛大でなければならないだろう。


 多分、完全に財産を共有するべくする気構えが必要であるようだ。でなければ、無邪気さに、卑しさを表さないようにしなければならない。


 本当は他人なら、相手は、「まあ、所詮他人だからしょうがないか」で、済むが。本当の血筋はそうではすまないはずであるが。















空気について、いわゆる空気について



 こんな大切な気を、空気という。日本人は…。


 では、空虚とは何ぞや。


 空気と空き缶が一緒くたである。











ひとつなるものについて 3


 自力でなければ、合一したとき、ひとつなるものと、なれない。 自力他力と二つでなければでなければ、合一の意味がない。 そして、合一したとき、執着を離れるのである。 










ひとつなるものについて 2


 自由こそ、統一である。心、二つでは、迷いが生じ、身体と心がばらばらでは生き難い。


 精神、という神と、人間という、死に給う仏。


 悟り、統合、恍惚、忘我、などなど。











ひとつなるものについて 1



 願いは、ひとつ・・・。


 できる・・・。できない・・・。


 ~れる・・・。れない・・・。


 ~される。されない・・・。



 ~べきもの。


 愛す。我と、汝。


 する・・・?


 普遍、一般、全般。 特殊、絶対。


 あるべきようにある。


 あるがままある。


 願いと一緒にいる。


 平和、幸福。


 まもる。











同調について 3



 腐ったDNAでは役に立たない。言い換えれば、異種醗酵したDNAではすでに、自分のDNAではないだろう。命をいただいて生きているが腐った毒素のある食物は食えない。死んだスジャータ。醗酵して姿を変えたDNAは役に立たない。消化吸収が必要である。摂取である。汚れである。クンダリーニ、クンダリニーは生きたDNAかもしれない。他人のDNAにチューンニングしてもあまり意義がない。摂取が必要である。鉄のDNA、石のDNAにチャンネルを合わしても意義がない。だから、チャクラは、内臓に隣接してあるのではないのだろうか。DNAの再編が必要なのだ。肝臓が重要である。肝心要か。


 治すにしても、チャンネルにしても、チューニングにしても、自分のDNA、いわゆる、シャクティ、クンダリーニーが良いのは当然となるだろう。


 当然、言葉の弄びではない。意味に力がある。意味といっても通常の意味ではない。絶対的である。相対ではない。霊的浄化を受けた字義通りの言葉といえばいいのだろう。字ひとつひとつとではなくと言いましょうか、一つ一つといいましょうか。内容、内的、客観的ではなく、主観的である。肉体的でもあり、霊的精神的、心霊的でもあるアストラルであるだろう。エーテルではないが、神が「生んだ」とすれば、エーテル。


 生き物の細胞は、神のDNA、意識、意志を受けて、オーラは輝く。生き生きとするだろう。











同調について 2


 高次の光、低次を照らす光明。


 高い周波数は、人間の汚れを洗い出す。


 Ⅹ線は人間の体の、放射能は人間の心を洗う、洗い出す。


 私は水で洗い、油で清めるが、彼は火で払う。そして、誰かは光明で…。