ポジティブ、肯定的、建設的、完全性、楽天主義、楽観主義、悪いことなど絶対に起きない、良いことしか起きないこと、いかなる意味においても妨げになることなどありえないことについて 11



  •  自分の考えなど用はないのである。あるいは、物質世界とか、俗世間とかいう低次あるいは、半端な神秘学的な思考など用はないのだ。高次の世界、ハイエラルキー。高僧の世界。あるいは、思考は完全、完璧なのだ。たとえそうでないと反論されようとも、自分の理想とする高僧は、シャンバラは、サングリアは、高次の世界は完全完璧で、悪いことなど絶対起きないのである。あるいは、桃源郷、仙境、ユートピア等名は何でもいいのだが、その完全完璧な世界と同調するのだから、悪いことなど起きようがないのである。そういう世界と同調するのだから。


     悪いことなど絶対起きない世界があると思えるまで、あるいは、絶対に起きないと思えるまで、自分の思い通りなどおぼつかない。用はない。


     この世界があれば自分の考えなど用なく、自分が思えるようになれば自分の思いでいいのだ。


     さて、守る必要はないだろうか。やはり、「まもる」は、悟り臭さだろうか。それとも、上記の世界思考が臭さだろうか。しかし、形而下において、物質世界に生まれて「まもる」ことは必要であろう。あるいは、何から「まもる」のか。悪い考えからか。涅槃に入る。言葉ではなくで、「まもる」ということも必要のない世界。そのまま平和。幸福な世界が、永遠に。また、だから守らなければならないのかもしれない。


     こう思うのは、少し難しい。自分の考えを否定されるのだから、まず、理屈抜きで難しい。また、よく聞く、「絶対などありえない」という固定観念もある。とは言うものの、私の考えなどどうでもいいのだから、私は絶対悪いことなど起きない聖域に同調する。


     できた。これで完璧だ。