自分はいったい誰なのか 7


 唯名論から、自分の名前などを忘れても、そこに実体、主体は存在する。主体、実体を失っても、そこに、主体、実体はある。本体はある。客体か、超越論的にある。精神の実体として、いわゆる二元論的に。


 記憶を失っても、そこにもある。


 本性はある。実念、実在は、あるいはactはどちらかだ。潜在は、あると言える。現象。


 カルマの記憶は失われない。アダムの子の罪は。命の木も実も、知恵の実も。










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