自殺について 5


 人間は死ななくなったら、死にたくなるのかもしれない。あるいは、他の逃げ道のようなものを探すのかもしれない。 植物になるとか、動物になるとか、RNA、 DNA、ウイルスになるとか。 脳だけになるとか...?! これはないか。










自殺について 4




 あまりにも高尚過ぎるのかもしれない。 生まれる必要のない仏陀。(あくまで理想の) 神になったイエス・キリスト。(これもあくまで理想の) これらに匹敵する。 馬鹿がすることではない。 あなたにしか分からない痛みなのだから、その癒しは、あなただけの使命であり、あなたにしか直ったことが分からないのであるから。


 高尚だからこそ、生きれるのか?
















自殺について 2



 人間は元々人間である。


 死ねば逃れられると同じで、転生で変われるとなると、そうなります。


 それは、カルマ的法則に合いません。それ以上に、悪が、善を裁くことになります。


 人間の理性は、今も人間の理性のままです。


 命は、他人を嫌います。


 物は、物に奉仕します。


 自分、物が、自分、命と調和を求めなければなりません。


 人は、人を裁けません。











宗教と自殺について 1


 なぜ、人は、理由の分からない、衝動で、人は、自殺するのだろうか。


 神の証拠不完全性への隠滅。あるいは、悪魔の。これで、自殺への考察ができる。


 Origins. 回帰の。転生の。人間の不完全性への。










理想主義について 4



 理想主義は、幻想か、そうでないか。


 外に求めるのではなく、人間が、自分が理想に近づき、幸福な世界になるのが道理ではないかと思うのだが。かなり難しそうだ。


 とりあえず、社会が、あるいは法律、法、道、徳、教え、思想などが、形式的だが、規定しまうほうが、快いのではないか











平和について





 平和に現を抜かしていること。怠惰。自由を失う? 退化し、発展しない。努力しなくなる。


 幼児、子供の未来への影響を考えれば解消される。











人権及び人格について  3(2)


 自分の人権を売って、他人の人権を自分のものにして補填する。


 あるいは、自分の人格を売って、他人の人格を自分のものにして補填する。


 はっきり言えば、時間給で売ってしまって失った自分の人格、人権を他人を従わせることで、自分の人格、人権、身を保とうとするのである。


 現代人、あるいは、経済成長期時代の経済大国日本の、性質、現状である。


 忙しくても、人を増やさず、その場限りの残業にして、人件費分儲け。その人件費分を独り占めできた。それが、お互いの儲けであったのが、いつしか損得の関係になってしまった。無い残業を求めた。工面せざるを得なくなった。


 それは、8時間労働の人権人格であったのに。


 また、仏陀の時代の輪廻転生である。仏陀が、まだ王子の時、彼は虎であり、アレクサンダー大王と戦った、像なのだ。












功利主義について




 家庭をかえりみることのできる状態になったのに、かえりみることをせず、利己主義的集団という状態を改善できないでいる。











経済について 13


 経済は、マネーゲームではないかというけれど、材料費と人件費において、最低限度額がある。



 技術は、使わなければ宝の持ち腐れである。例えば、スカイツリーや5G など。


 本当は、安く作れる中国に依存したいのだけれど、低品質でもいいという、問題ではなくなっている。


 不景気とは言うけれど、お金持ちたちに、見えるものは、最先端の作りたての新しいものだから、きれいでキラキラしているはずだ。とても不景気とは貧乏人からは、見えない光景である。


 それは、オフィス街のビルの入り口を入った途端、目にするだろう。


 不景気だと言って、自家用ジェットで税金を貰いに来た、アメリカの自動車会社の社長たちと同じではないのか。


 貧乏人の私には、この光景はあまりにもえげつないといえばいいのか。よくわからない。


 何故、このような贅を尽くした場所なのだ。見せつけか。皮肉か。


 私の嫉妬か。











経済について 10


 経営に成功している人への質問で、「来年はどうなりますかね」ではなく、「来年はどうしますか」ではないか。どうも経営者で成功している人を、どう扱っているのだろうか。勘違いしているのか、担いでいるのか。


 どうも、経営理念とか、経済学とかは、タレスの奥さんのことを思い出す。が、言い分けとか…。人それぞれか…。










経済について 9 東京


 金持ちのための経済と住むところ。


 貧乏人は、柱に巣くう白アリのようなネズミと、ダニの居そうな所に住んでいるではないか。昔から住んでいるのに。追い出されないように。


 世界一の…か。


 あのビル群は、貧乏人のためのものだろうか。


 だれのための…なのか。











経済について 8 経営理念について 1


 時間給という経営理念によって、無駄遣いできないような残業によって、24時間限度額的給与によって、無駄遣いできないような全体主義的経営理念で経済が発達するということは、二律背反である。

 それでいいとか悪いとか思うのは自由であるが。










経済について 7



 マルクスは唯物主義ではなく、あげつらっただけだろう。


 搾取の金持ちである。


 ユートピアは普通に使われている意味とは違う。


 管理主義社会のことか。


 唯物主義を悪く言うけれど、経済は唯物だろう。


 金儲けに、美徳は背徳であろう。


 この経営理念という桔梗屋と将軍のごとき、コンサルタント。そんなにもうかるのなら、お前がやればいいだろう。










経済学について 5


 管理職も、そのレールに乗ってしまえば、後は、一直線である。完全雇用という有産階級ということになる。一生安泰、さらに、後裔までも。


 しかし、陰極まれば、陽をなし、陽極まれば、陰をなす。


 いつか、自分は、逆の立場になっていることを、わかっていなければならない。日本の社会主義運動も、プロレタリアートも中途半端であったらしい。大正デモクラシーか。アメリカの資本にかかわることになるわけだ。


 漫画家、哲学者、思想家、などは、文化主義、言い換えれば、人文主義である。初めは、無産階級だが、売れれば、古い時代には、パトロンが付き、今では、億の豪邸である。完全に有形資産家である。 漫画家は、売れる前は、無産階級だが、売れてしまえば、有産階級と同じである。


 また別の言い方をすれば、資産家の仲間に、引き入れられてしまったわけである.

ここで漫画家を出したのは、麻生元総理の漫画についてのことを思い出したからである。なんで、ここで漫画かと思ったの私だけではないだろう。


 新聞社は、人文主義の無産階級であったか。

そして、アメリカは、資本主義である。無産階級の労働者が、優位になるわけがないのである。


 我々は、扱いのいい、本物の資本家から外れている枠の中の資本家と、労働者でしかない奴隷なのである。ある意味、血の気の多い王家、貴族のための箱庭療法なのか。


 今の日本の思想は、奴隷制度の存在したアメリカからのものである。


 どこの国のどの時代にも、文化主義は、調べる価値があるのかもしれない。ちなみに、与謝野晶子は、文化主義者だそうな。


 そして、人格は、価値である。生命経済とかやは、なにぞやである。














正義について 6


 所詮、自分勝手な正義、また、絶対性においての人間の勝手な正義なのだ。


 人間は命を頂いて生きている。


 だからといって、自分勝手でいいとはいえない。











正義について 5


 中島みゆきの「Nobody is right」を聞いていて、思いついたのだと思うが、 正しい答えがひとつだとすると、ほかは、全て間違いということになる。どういうことか、神概念に似ている。人間に対応させると、絶対王政、等々。


 しかし、真実も一つだ。これは、悪いイメージとしてだが。真理は多数あるという。



 アルゴリズムも思いつく。


 公的なことと、私的なこと、個人と、一般。


 最大多数の幸福と、個人の自由。



 個人の自由は悪くなりやすく。公的な自由は有利に働くのではないかと思う。











国家 ~正義について~ 4



 天下り、大学出、高卒。暴走族、ボンボンいじめ。落ちこぼれとゆとり教育。


 多数決。大学出と、高卒とでは、どちらが多数なのだろう。これによって、政治も変わるような気がする。従属として、選挙結果も、選挙への参加も。そして、政治家諸氏の言動も。


 落ちこぼれ、ゆとり教育への移行。未婚はどちらに入るのだろう。離婚者は。ホモ・サピエンスとは。また、どちら。多数派なのか、少数派なのか。官なのか。民なのかである。事業仕訳ならぬ、能力仕訳。これはすでに人件費として行われていた。


 国家、正義のために。


 なぜ、不良は、ワル、悪なのだろうか。我々はどちらだろうか。官か民か。これも多数決なのか。とすると、多いのは、不良か優等生か。政治にもこれが動因として働いているような気がする。こうしてみると、警察の動き頷ける点があるのでは。たとえば、livedoorのあの事件と、* 沢の、* 山の。


 官のすること、たとえば、天下りは、不良を、また民を完全にバカにしているとしか思えない。原発は、民にも課題を多く感じるが、官は民に、そう思わせているのではないかとも思える。


 いじめは、不良が行う。暴走族も。しかし、警察官には向かうが、他の官には向かわない。


 政治には、向かわないということは、選挙にはいかないということである。政治家には、好都合なのかもしれない。言い換えれば、関わりたくない。来てくれないほうがいいと思われているのではないだろうか。


 パラダイムシフト。アセンション。


  アニメ、テレビゲーム。バーチャルな世界は、どちらに矛先が向いているのだろうかと思えてしまう。厄介払いで、現実世界から逸らされていないだろうか。


 官は、大学紛争など、起きてほしいとは思わないだろう。


 なぜか、この課題は、コントロール等、人為をかんじるのだが。


 高次の世界、高級な精神のなせるものなのだろうか。












イデオロギーについて 1


 音楽のための音楽。絶対音楽。ならば、絵画のための絵画。神のための神、神学。資本主義のための資本主義。社会主義のための社会主義。冷戦。思想のための思想。哲学のための哲学。政治のための政治。選挙のための政治。これはまた別の批判か。仏教のための仏教。キリスト、教のためのキリスト教。ユダヤ、教のためのユダヤ教。しかし、標題音楽。


 絶対音楽のための音楽、楽器のための音楽とは、練習曲か。練習曲でも音楽であるが。詩のための詩。経済のための経済だ。人民の、人民による、人民のための、政治、民主主義のための民主主義。人民のための人民。貴族のための貴族。天皇のための天皇。王のため王か。イデオロギーなんだ。マルクスのためのマルクス。










貧富について 1




 食べ物を自給自足できる人が、貧しいわけがないのだが。貧しいわけは、税金(年貢)の所為である。 山と里と、海があれば、貧しいわけがないのである。しかし、他人を出し抜いて、朝早く働いたり、自分だけの美味く、よく育ち、たくさん作れる秘密の方法があるから、たくさん魚のいる、獲物のいる場所など、みんなに教えないから、貧富の差が生まれるのである。漁協や、農協がまとめれば、貧富の差は消えるのである。そうして、官僚は、税金、年貢のことは棚上げにさせてしまったのだろう。そして、今も保護している。建前上といいますか、美味い言葉で、巧みな方法で。力で。ではなくあってほしいものである。のに。さておいて。


 しかし、民間、士農工商の工商の部分。工商は、物を作りすぎると、あるいは、物に価値がないと、物あまりの、物価の、下落していくデフレ。その逆の、物減りの、価値がある物、物価の上昇していく、インフレ。このにも、官僚の、言葉の巧みさが気になるのだが。逆説的に、貨幣価値で言った場合である。物が価値がないということは、安くて少しのお金でたくさん買えるという、貨幣価値が上がるという言い方。その反対の物に価値がある場合、お金に価値がなく感じるだけであるのに。お金に価値がないと言う。とにかく、飽和状態だろうが。


 さて、ここにも出し抜きは存在する。そして、税金も存在する。そして、お金は、工商だから存在するようなものである。年貢ではない。税金は、工商に存在し、出し抜きは、商に存在する。工にも、存在するが、手先が器用でも今は、機械が時間を支配しているので、あまり関係がない。税金は、商にその存在は大きいのに、工に負わせる士商が存在する。大工さんは、今どうだろう。食べる分には、困らないだろうか。出し抜かれているのか、いこじなのか。


 工商が、士(官)から、手に入れた地位は、「豊かな生活」というスローガンなのかもしれない。


 そこから、商は、食べものは、簡単に手に入れられ、豊かさも簡単に手に入れるだろう。しかし、工は、商任せだろう。税金も、商任せに近いからである。申告の状態を見ればそういえるだろう。工は奴隷だったといえるかもしれない。市民権を手に入れるための革命は世界的である。それは、工の勉強が、必要であったと思うのである。


 さておいて、工商の貧富の差は何なのだろうか。当然お金である。資本だ。そして…