貧富について 1




 食べ物を自給自足できる人が、貧しいわけがないのだが。貧しいわけは、税金(年貢)の所為である。 山と里と、海があれば、貧しいわけがないのである。しかし、他人を出し抜いて、朝早く働いたり、自分だけの美味く、よく育ち、たくさん作れる秘密の方法があるから、たくさん魚のいる、獲物のいる場所など、みんなに教えないから、貧富の差が生まれるのである。漁協や、農協がまとめれば、貧富の差は消えるのである。そうして、官僚は、税金、年貢のことは棚上げにさせてしまったのだろう。そして、今も保護している。建前上といいますか、美味い言葉で、巧みな方法で。力で。ではなくあってほしいものである。のに。さておいて。


 しかし、民間、士農工商の工商の部分。工商は、物を作りすぎると、あるいは、物に価値がないと、物あまりの、物価の、下落していくデフレ。その逆の、物減りの、価値がある物、物価の上昇していく、インフレ。このにも、官僚の、言葉の巧みさが気になるのだが。逆説的に、貨幣価値で言った場合である。物が価値がないということは、安くて少しのお金でたくさん買えるという、貨幣価値が上がるという言い方。その反対の物に価値がある場合、お金に価値がなく感じるだけであるのに。お金に価値がないと言う。とにかく、飽和状態だろうが。


 さて、ここにも出し抜きは存在する。そして、税金も存在する。そして、お金は、工商だから存在するようなものである。年貢ではない。税金は、工商に存在し、出し抜きは、商に存在する。工にも、存在するが、手先が器用でも今は、機械が時間を支配しているので、あまり関係がない。税金は、商にその存在は大きいのに、工に負わせる士商が存在する。大工さんは、今どうだろう。食べる分には、困らないだろうか。出し抜かれているのか、いこじなのか。


 工商が、士(官)から、手に入れた地位は、「豊かな生活」というスローガンなのかもしれない。


 そこから、商は、食べものは、簡単に手に入れられ、豊かさも簡単に手に入れるだろう。しかし、工は、商任せだろう。税金も、商任せに近いからである。申告の状態を見ればそういえるだろう。工は奴隷だったといえるかもしれない。市民権を手に入れるための革命は世界的である。それは、工の勉強が、必要であったと思うのである。


 さておいて、工商の貧富の差は何なのだろうか。当然お金である。資本だ。そして…