革命および自由 9、人生(命)、愛について


 天然の反対が自由なのである。何故かといえば、草茫々の草に自由はあるだろうか?

 大木の下の草に自由があるだろうか?

 自分の成績順位を自分で決められない集団に自由があるだろうか?

 現代の教育には、自由はないのである。だから自由になりたいと子供は思うのである。「好きにやって生きたい」「好きにやっていいよ。でも人間には限界があって、空を飛べないように、人間の脳みそも肉体であって限界があることを分かった上で自由にしてくださいね。自由とは、弱肉強食からの自由だったのでありますから、自由のために戦うのは筋が通りません。楽しく生きることは筋が通ります。二度とない人生楽しく生きる、有意義に生きる。生きるために死ぬと言う矛盾。愛と死は、同じ重さではあるけれども。愛も死もお金では買えませが、愛も死もグラムでは買えません。イコールで結べる数字でなどでは計れません。死は不幸です。不幸のどこが楽しいと言えるのか。愛とか、自由とか、人間の尊厳とか、命とか、光とか法とか善とか、神とか仏とかを、数字で計る無知が居る。まだ、数学が出来ない馬鹿のほうがましだ!馬鹿を数字で計るというおかしさよ!馬鹿と天才は、紙一重。生きる希望の光と、平等の法のために・・・。戦うより・・・。

 二度とない人生楽しく生きよう。














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