愛について 「問題提起」~結論~


学びは、ゲームのようなものである。だから、楽しくもあり、お金のいることもあり、負けることもあるのである。必ず勝つためには、あるいは、負けないためにはあまねく学ばなければならない。それには時間も必要だろう。しかし、ゲームとは言え、負ければ悔しいのである。ゲームなのだからと安心していてはいけない。そんな話しは、言うに及ばないはずである。社会も同じである。なぜか、学びも社会も安全なルールの中で行なわれているといえるからだ。そう、法である。法は偉大な先人たちの哲学と、思想・主義からできていると言える。また、愛からできているといえるだろう。しかし、なぜ、愛なのだろう。また、なぜ、愛という主題に対して、これだけ多くのことを語らなければならないのだろうか。そんな社会という集団のなかで憎しみが生まれないわけが無いのではないだろうか。したがって、果たして、我々はこの社会で、愛を見つけるのは、難しいのだが。また、学ばなければならないことなのである。しかし、愛、憎しみ、その真理とは。

 愛は、集合であるので、その要素は、普く行き渡っているほどその要素は多いのである。言い換えれば、原初から、創造主の愛で創られているのだから、愛で満ち溢れているのである。
 だから、敢えて探そうとすると、見失うのではないだろうか。愛ではないものを探してしまうのである。神は居留守ではない。探す人が、開きめくらなのである。
 愛はエロスの愛、アフロディテの愛、…。
 無情さを感じない人はいないだろう。
 探さず、信じるしかないのである。
 創造主の僕、…。
 それ以上へ…。

イ)愛以上について
愛以上の聖なる法則 。
人類が得てきた、それらに関する知識。

ロ)愛は全てに勝る。
 意味の取りようによっては、人間の善より、最高善より、善も悪もすべてという意味に取れるのである。強ければ善いと、取れないだろうか。
 事実、愛は時に、激しいのである…


8)愛知について
自分もそうですね。
ただ、理解できていれば敢えてやる必要もない。
自分は、理解できていないから、一生懸命理解できるまでやっているのかもしれないなぁ。
理解できていないと、その言葉に出会ったときなんか面倒くさいけど悔しいからまた調べる。いつかまた出会う。理解できていると嬉しい。解からないまま放って置くと、その言葉にまた出会う。なぜか、良く使われている。この言葉に何かありそうな、縁でもあるような気がするほど。言葉が「覚えてよ」とでも言っているような…。
愛着!あはは、メモ…メモ…。
こんなコメントでいいかなぁ。

9)憎しみについて
愛と憎しみは、別物である。反対ではなく、重さが同じ様なものである。だから、憎しみをともなう愛は、清算され、愛では、無い、のである。
これで、愛は真理となるのである。自殺然り、心中然りである。そして、その論理は、愛Kg=憎しみKg=死Kg 創造主の愛は、全身に満ちている。ということになるのである。イコールとするからといって同じではないのである。愛-死=0であり、無。愛では、無い、のである。憎しみのともなう愛は、愛をチャラにし、死をともなう愛も、愛をチャラにするのである。愛のみで満たされなければならない。二項対立するものは、真理ではないのであるから、そこから、そしてそこから、導き出されるのは、慈悲であり、慈愛であり、最高善であり、至高の世界なのではないだろうか。言葉では言い表せない、理想であり、それは、永遠に続くのであり、人間は常に、永遠に続くその途上にいるのである。人間が、進化すれば、人間ではないのかもしれないが。



10)家族愛について
執着は、×…。
霊的に他人である家族は、肉体関係無しの愛という高次の愛たるのである。

11)友愛について
恋敵でもあり、ライバルでもあり、友達でもある。 

愛は汝と我の間、それは神の国にある。それは、憎しみにもなり、死を伴うかも知れず、愛にもなりえるのである。プラトニック・ラブ、精神的愛は、王女、女王と騎士との美徳でもあったのだ。
そしてボノボの同性愛。自分で文献を調べてください。


愛=死について 1
屍は、消え、ソウルのみ残る。続いて、ソウルイコール愛なのだろう。そしてまた、単純に、死も愛と同じ重さ、広さ、長さなど、である。愛には比類するものがあると言うこと。憎しみなど、まさにその観念から推測できるのである。単純に愛がすべてではないのである。勘違いしないように。単純に油断は禁物なのである。愛は、常に助けようとするから、その兆候を、逃さないように。

愛と自由について 10
 自由は思考、考えることから事から生まれた。
 働き蜂が自由と言えるだろうか。働き蜂に、死という概念を意識、思考、考えることができたら、あの行動ができるだろうか。逃げようと思えばできるだろうに。
 犬は、少し自由だ、蜂よりも。首輪から逃れられる自由があるから。

 愛は盲目の蜂さん。
 愛と自由は相反する…だろう。
愛について 結論?
 
 愛とは、見捨てないことである。
イエス・キリストの愛と、死と生命について 副題「愛と死の同一性について」 9


生命について
 人間の体は、鶏肉、豚肉でできている云々。
 人間の命は、他の生命の死の上に成り立っていると言って過言ではない。母もそうである。しかし、母の肉体としての、内蔵としての自分の肉体はすでにそこにない。=死。精神的霊的なもののみ自分であるといえる。父と子と聖霊と。三位一体。人間の“肉”は所詮なのである。
 神の国、天国は、涅槃は、あの世にあるのである。愛と死は同じである。と言わしめる所以である。マリアの神聖さに欠ける所以である。
 
 肉欲の愛なく存在せず。 理性の愛により、存在せず。 仏性無く、存在し。 創造主の愛無く、肉欲なし。 創造主無く、存在なし。 愛欲無く、存在せず。 仏はこの世に未練なし。

死ぬときになって、自分はなぜ人間に生まれてきたのだろうとか、人間はなぜ人間なのだろうと改めて悩むのではないだろうか。なぜ生まれてきたのだろうと、死ぬときになって、多分、真剣に悩むだろう。何のために生まれてきたのだろうか。何か、俺はできただろうかと。
 悩まなくとも、考えるだろう。

愛と死の同一性について 10
子を死をもって守る母親の如くである。これも愛に通じ、愛欲の一種ではないだろうか。私は男であるから分りにくいのかもしれない。女性にはそうなのだろう。そして、男は、愛のために死ぬのではなく、戦うとか、殺すことも当然するのであり、してきたのである。戦争であり、食欲である。死の上に生は成り立っている。
 愛は.・・・。

愛と金とジン・テーゼについて


 愛と金は、何人に配れるだろうか?


友愛について 3 副題:親しい友人か、親戚に限るにおいて

 親しい友人になればいい。それだけのことである。
 親戚になればいいのである。

 誠実に!

〈光〉〈命〉〈愛〉について 1
 〈光〉、見えるがつかめない。人はそれを遮ってしまうこともあるのだ。
 〈命〉、与えられたのに、それが何か分からないでいる。いつ与えられたのかも、気がつかない。気がつけない。
 〈愛〉、人間はそれに気づくが、それは創造主なくしてあり得ないことにも気づく。人間は創造主なくして存在しないからだ。

好きについて
愛しているけど好きじゃないについて
「 愛してはいるけれど、好きじゃあない。」
 パワーハラスメントに対する防護でもある。
 怖いから、好きな振りをするのである。
「馬鹿な男は勘違いするから気をつけよう。」自分もそうであったのだが・・・。ごめんなさい。

 また、愛しているから、ただ護るのである。

 人類愛以上である。

認識、認知の違いではある。「愛しているのはあなただけよ」「好きなのは友達も好きでしょ。」という言い方もあるのである。にくい奴など所詮愛したくはないのである。これが高尚、高次元の高次の愛になると違うのである。最高善、至高善、中立状態。







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